考え抜いた答えが意外とアッサリと予想外の結果を迎えて気持ちが下降することがある。
その事に対して尽力をした結果だと割り切れない事で起こるのだと思った。
だったら、いっその事「来た球を打つ」スタンスを取ってもいいのではないか。
日常の全てをそのスタンスで行くのはいかがものだが、落ちやすい時にはそれもアリではないか。
気持ちが落ちやすい時に限って思考に時間をかけた結果、求めた答えが違えばダメージも大きい。
だったら、ちょっと気持ちが不安な時はどんな結果になろうと行動にしてみる勇気になるんじゃないかな?
とぼんやり自分自身の在り方と共に浮かんできた。
ちょっとそういう事も意識してみよう。